最終学歴中卒の重度障害者が考える社会人基礎力とは?その1:環境を適応させる力

神社にいる車椅子姿の豆塚さん

16歳の時に飛び降り自殺を図り頸髄を損傷。以後車いすに。最終学歴は中卒、企業で勤めた経験がほとんどない私が知った「社会人基礎力」という概念。知れば知るほど社会で生き抜くためのスキルであり、他人軸の指針だ。人生100年時代において「自分が」この社会で生きていくための自分軸の指針として、私の考える「真・社会人基礎力」を提言する。

前回、社会人基礎力についての記事を書いた。

車椅子に座り、木の下で考え事をしている女性。背景には緑の茂みと建物が見える。
最終学歴中卒の重度障害者が考える、社会人基礎力とはなにか。最終学歴が中卒の重度障害者である私が知った「社会人基礎力」という概念。2006年から経済産業省が提唱しているらしいが、社会に出るまでにも出てからも、いちいち障壁がある私にとっては、そもそも必須事項だったものかもしれない。私が考える「真・社会人基礎力」を提唱する前に、社会人基礎力をおさらいします。...

社会人基礎力とは経産省が2006年に提唱した、働く上で必要になるであろう3つの能力と12の能力要素から構成された概念である。

学歴もキャリアもない重度障害者である私にとっては縁のない概念と思いきや、人が社会で生きていく上で必須の、というか、生きていけば自然と身についていく本当に基礎的なスキルなのだと知った。特に障害があるなど社会的にマイノリティであればなおさらだ。

しかし、この社会人基礎力はあくまでも社会で生き抜くためのスキルであり、他人軸の指針だ。

人生100年時代において「自分が」この社会で生きていくための自分軸の指針として、私の考える「真・社会人基礎力」を提言する。

今回はその1つ目「環境を適応させる力」について詳しく書く。

人生100年時代の社会人基礎力とはのイメージ

その① 環境を適応させる力

「環境適応能力」はよく就活マニュアルの自己PRにも登場する社会人スキルだ。環境適応能力とは、環境に合わせて行動や考え方を変えていける能力のことをいう。

組織に入って、そこで円滑にやっていくのに必要なのは間違いがない。常に自分にフィットするような環境というものはまずない。どこかは自ら合わせざるを得ないところがある。郷に入れば郷に従え、だ。

けれども、よくよく考えてほしい。今どき「郷」は沢山ある。ひとつではない。もうその「郷」にしかいられない、そこでしか生きていけない、ということはないのではないか。

「郷」の、自分にとって良い部分を取り入れていくのはいいことに決まっているが、悪い部分にまでどうして自分を合わせなくてはいけないのか。それは単なる「我慢」であって、決して適応しているわけではないように私は思う。そしてそんな適応力には限度がある。

人生100年時代と言われているのに、100年間も我慢なんてしていられない。どこかで必ず無理が来る。そうでなければ、自分を殺して生き続けることになる。

そんな人生に生きる意味を見いだせるだろうか?

どうしてこんな物に溢れた豊かな時代に「環境に適応」し、心身をすり減らしてサバイバルをしないといけないのだろう。

今はグローバル社会、ダイバーシティと声高に言われている。多様な人材それぞれの最大限の能力を発揮させようとするならば、それぞれに合わせて変わるべきなのは個人ではなく、「郷」のほうだろう。

多様な人達が安心して働ける環境があれば、より多くの人達が自らの能力を生かすことができ、ビジネスパーソンが大好きな「イノベーション」を起こすチャンスになるかもしれない。郷に従い、長いものに巻かれていたのでは、到底「郷」は変えられない。

ここで私が社会人基礎力として提言したいのが「環境を適応させる能力」だ。「環境に適応する能力」ではない。これは異端とされるマイノリティが発揮しやすいスキルだと思っている。

千羽鶴のアップ写真
photo by August(https://twitter.com/a__ugust__us)

デパートで勤める知人から聞いた話だが、売り場によく来る車いすのお客さんがいて、その人が通りやすいように売り場の通路を規定より少し広めにするように取り計らったら、より多くの車いすのお客さんが来るようになり、ベビーカーを押すお客さんも増え、売上が上がったのだという。個人のための環境改善が、結果として多くの同じ問題を抱える人たちの問題をも解決し、みんなが幸せになれたとてもいい例だと思う。

すべての人が無理なく本来の自分で居られる環境をつくっていくためには、各々の積極的な自己開示が必要だ。

私は車いすのなので、障害を隠しようがない。胸から下が麻痺しており、立つことや歩くことがまったくできないため、人の手を借りなければ生きていけない。

それは社会に対して常に弱みを開陳しているようなもので、外に出ればジロジロ見られてしまうし、人の手は必要だし、コミュニケーションが苦手で人に迷惑をかけることが極端に嫌いだった私は、障害者になりたてのとき、恥ずかしく辛いと感じることがあった。

頑張って「普通」になろうと奮闘したこともあったが、やはり無理が来てしまう。

このままじゃいつか私は自分で自分を死なせてしまうだろうという気づきがあり、無理せずに積極的に弱みを見せ、人を頼ることを覚えた。すると、それによって離れていった人もいたものの、徐々に寄り添ってくれる人たちが周りに増え、無理をしないでも働けて生きていける環境が整いつつある。

まとめ

神社にいる車椅子姿の豆塚さん
photo by August(https://twitter.com/a__ugust__us)

もちろん、どんなに自己開示をしたところで、そもそも適応するのもさせるのも厳しい時がある。

ホッキョクグマが南国のビーチで泳ぎたいと言えば、かなりの適応する能力と多くの手助けが必要になる(それはそれで、やりがいのある一大プロジェクトかもしれないけど…)。そういう意味では、諦めざるを得ないことはあるかもしれない。

自己開示をするにはまず自分自身が自分をよく知っていなくてはならない。

自分を知っていれば、はなからまったく自分にそぐわない職種を選んでしまうこともないだろうし、早い段階で自己開示できれば、働く相手にとっても相性の判断材料になる。

自分がまず自分を見せれば相手も自己開示しやすくなるだろうし、もしお互いに弱みを受け入れることができるなら、そこをフォローし合いながら、強みを活かすことができる。

自分に合わない場所で合わない人と無理に働く必要はない。

「郷」はたくさんあるのだから、一つの場所にしがみつくことはせず、懲りずに自分の居場所を探し、積極的に関わって周りを巻き込み、自分にとっても周りの人にとっても快適な環境を作り上げていくことが大切だ。

アピールしたい職歴・スキルだけで応募できる!
ABOUT ME
1993年生まれ。詩人。16歳の時に飛び降り自殺を図り頸髄を損傷。以後車椅子に。障害を負ったことで生きづらさから解放され、今は小さな温泉街で町の人に支えてもらいながら猫と楽しく暮らす。 ■詩集の購入はこちら