初めて異変を感じたのは中学生の頃。30歳になってから「気分変調症」と分かるまで、自分を責めてばかりで大変生きにくい人生を送ってきました。自分の人生はもう終わりかもしれないと絶望したときもありましたが、今は主治医が驚くくらいに元気になりました。それは「気分変調症」に対する考え方が変わったからかもしれません。
気分変調症と発達障害を抱える私の自己紹介
はじめまして。中田るると申します。
私は気分変調症という精神疾患と、発達障害(自閉症スペクトラム)を持っています。
20歳のときに初めて心療内科を受診したのですが、そのときは別の病名がついていたため、きちんと診断がついたのは30歳になってからでした。自分の障害と病気がわかるまでは自分を責めてばかりで、大変生きにくい人生を送ってきました。
途中、強迫性障害にもなったり、うつの病状が悪化し7年ほどほぼ寝たきりになった経験もあります。
もう自分の人生は終わりかもしれないと絶望したときもありましたが、今は主治医が驚くくらいに元気になり、しんどいときもまだまだありますが、それなりに楽しみを持ちながら暮らしています。
今までの私の経験や生きていく中で工夫していることが、誰かの生きるヒントになることがあれば…そんな希望を持って、コラムを書かせていただくことになりました。
今回の記事では、気分変調症の経験についてお話していきます。
気分変調症とは?
気分変調症という病名は、あまり聞いたことがないという方も多いのではないでしょうか?私自身も初めて聞いたときは、「なんだそれは?」と思いました。
気分変調症とは、うつ病よりも比較的軽度な気分の落ち込みなどの症状が、慢性的に続く精神疾患の一つです。
日頃から、ネガティブな思考や落ち込みが続き、周囲からも病気による症状ではなく、本人の性格や甘えというふうに、誤解されることもあります。
気分が落ち込む気分変調症とは?原因や診断基準・仕事との付き合い方について解説
気分変調症もうつ病と同じく、気分の落ち込みや睡眠障害、頭痛などの身体症状が現われます。しかし、うつ病と違う点は、比較的ひとつひとつの症状が軽いというところと、何年も年単位で症状が続き、慢性化するケースが多いと言われているところです。
このような説明をすると「比較的症状が軽いのなら、他の精神疾患より楽なのでは?」と思われるかもしれません。
私も初めて聞いたときはそういう印象を受けましたが、症状が軽いからこそ厄介なことがあるのです。ここからは私の体験と共に、気分変調症の困るところをお話ししていきます。
初めて異変を感じたのは中学生のとき
気分変調症の症状がはっきりと出始めたのは中学生のときでした。
なぜか毎日虚しく感じて悲しい。自分は生きていても価値がない人間なのではないか。そのような考えが、日常的に頭に浮かぶようになっていました。
教室で授業を受けていると、よく腹痛を起こすようにもなりました。授業の途中でお手洗いに行きたくなるため、授業中に先生にお腹が痛いことを伝えて、みんなに注目されながら出ていかないといけないことがとても恥ずかしかったです。一度だけならまだしも、何回も腹痛を起こすようになり、ついには教室で授業を受けることが難しくなりました。
症状がひどくなってくると、ほとんどの時間を保健室で過ごすようになっていました。
その他にも眠気で集中できなかったり、日常的に倦怠感があるため、学校以外は外出することも少なくなっていきました。
今思えば、この他にもいろんな症状が出ていたと思います。様々なSOSが心や体から発せられていたのです。でも自分も周りも見過ごしてしまった。早くに気付いてあげられなかったために、私はその後もっと苦しい思いをすることになり、約7年ほど寝たきりになってしまったのです。
なぜ見過ごしてしまったのか?それは症状が軽かったからです。
腹痛を起こすけど、具体的に体に異常はなく、保健室には登校できる。
死にたい気持ちはあるけど、死にたい理由がわからず、自傷行為まではいかない。
異変が沢山出ていても、なんとか日常生活は送れる。
自分も家族も先生も、不思議に思いました。そして残念なことに、そのとき自分も周りもこう結論付けてしまったのです。
「本人の気が弱いからでしょう。」
「思春期だから、そんなことを考えるんでしょう。」
私が中学生のときは、今ほど精神疾患が知られていない時代でした。
そういった時代背景もあり、考え方が暗いのは本人の性格で、原因不明の体のしんどさは、気が弱いから嫌なことから逃げようとしての反応だという見方になってしまったのです。
「怠けている。甘えている。」と注意を受けることも沢山ありました。そして自分も自分のことを弱い人間だと思うようになり、すべては自分の努力不足だと思い込んでいくようになりました。
自分の性格のせいだと誤解してしまう
私は30歳のときにきちんと診断を受けましたが、今の主治医からは「おそらく発症していたのは中学生の頃くらいからでしょう。」と言われました。
自分とはどういう人間なのかを見つけていく思春期の時期に病気になったこともあり、家族も私自身も、病気の症状を性格のせいだと誤解してしまったのです。
主治医に「それは気分変調症という病気の影響ですよ。」と言われたときは、本当に衝撃を受けました。今まで自分の性格や心の弱さだと思っていた部分が、病気から来るものだったなんて、考えもしなかったからです。
症状が軽いから楽ではなく、軽いからこそ病気に気付きにくく、病気からくる考えを自分自身だと誤解してしまう。私は自分が気分変調症になってみて、そこがこの病気の難しいところだと思いました。
診断がついて楽になったと思ったら
気分変調症と診断されて、心が楽になった部分もありましたが、困ったことも起こったのです。
何かを感じたり、考えているときに、「これは私自身の考えなのか、それとも病気からくる考えなのか、どっちなのだろう?」と混乱するようになったのです。
自分の性格の部分なのか、病気の部分なのか…。考えれば考えるほどわからなくなりました。
30歳まで病気の部分が自分だと思って生きてきたため、本来の自分の考え方や性格がどんなものだったのかさっぱりわからず、私はしばらく自分自身を見失ってしまいました。
考え方の転換
なんとか病気を治したい。自分を取り戻したい。
そんな思いで、しばらくジタバタと足搔く日々を過ごしました。その期間は、病気に関するいろんなブログや記事、本や動画を見ました。しかし、「これだ!」と思える答えは見つからず…。
そんなこんなでもがいでいると、あるときふと思ったのです。
私は今まで弱くて暗い自分を責めて、そんな自分を変えようとして生きてきた。
ずっと自分じゃない誰かになろうと努力してきた。
けれど、それでは上手くいくどころか、辛くて生きにくい人生だった。
つまり、今までのやり方では何も変わらないということではないか?
そう思った私は考え方を変えることにしたのです。今までのやり方と反対のやり方にしてみようとひらめいたのです。
病気と手を組んで生きていこう
それからの私は、病気の部分も自分の一部だと思うようになりました。病気を敵にしてしまうのではなく、手を組んで生きていくイメージです。
「お互い気の合わないところもあるけれど、しんどいときは手を取り合って、なんとかやっていこうぜ!」
自分の味方というより、私は良い意味で悪友のようなイメージを持ちました。
弱くて暗い自分でもいいじゃないか。辛い辛いと言いながら、今まで頑張って生きてきたんだもの。だんだんと、そう思えるようになっていきました。
それから私は、自分を変える努力をするというより、どうしたら楽な気持ちになれるか工夫するようになったのです。
自分ではない誰かを目指すのではなく、自分をどう活かすかを考える。
今もまだまだ試行錯誤している途中です。でも考え方を工夫するようになってから、だんだんと元気になっていきました。
具体的にどのような考え方をするようになったか、生活する上でどんな工夫をしているかなど、次回の記事から少しずつお話していけたらと思っています。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます!なかなか上手くいかない日も多いですが、自分を責めずに励ましながら、お互い行きましょうね。
それでは、またここでお会いできますように!